百科事典マイペディア 「丹後地震」の意味・わかりやすい解説
丹後地震【たんごじしん】
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⇒ 北丹後地震
出典 平凡社「最新 地学事典」最新 地学事典について 情報
…1944年の東南海地震(M7.9)と1946年の南海道地震(M8.0)もこの例であるが,このときは南海トラフの東端(駿河トラフと呼ばれる)までは震源域が広がらず,駿河湾から御前崎沖にかけては,安政地震以後破壊せず残っているものと考えられる。内陸部から日本海岸沖合にかけても,M7前後の大地震による災害が比較的多く,昭和年代にも1927年丹後地震(M7.3),1930年北伊豆地震(M7.3),1945年三河地震(M6.8),1948年福井地震(M7.1),1964年新潟地震(M7.5)などが数えられる。特に岐阜県とその周辺は745年(天平17)の天平地震,1586年(天正14)の天正地震,1891年濃尾地震(M8.0)のようにM8前後の巨大地震も起こる。…
※「丹後地震」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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