久留間村(読み)くるまむら

日本歴史地名大系 「久留間村」の解説

久留間村
くるまむら

[現在地名]大和町大字久留間字久留間

近世佐保川島そうこうじま郷に属し、現大和町の西の端で小城おぎ三日月みかつき町と接しており、水田地域である。山麓まで二キロほどあるので縄文の遺跡は発見されていないが、弥生時代の久留間遺跡がある。住居跡で泉の洗い場とみられるものが発見され、石包丁などの石器類、高坏などの土器や多くの植物種子も発掘された。

河上神社文書によれば元徳四年(一三三二)「久留馬村」の支配をめぐって河上山実相じつそう院座主と大宮司(高木氏)が争っている。また多久家文書の応永二年(一三九五)今川貞臣所領安堵状によれば「肥前国安富庄内田地三町 屋敷弐ケ所 車之村内」とあり、この土地が於保おほ村の地頭であった於保氏の一族南大保宗家の本領であることを安堵している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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