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久貝正典 くがい まさのり

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美術人名辞典の解説

久貝正典

江戸後期の幕臣。江戸の人。通称甚三郎・因幡守、号は柳厓。小林歌城門。天保7年小普請支配から小姓組番頭以下大番頭となる。安政疑獄の事に与る。井伊大老の片腕。『久貝正典歌集』の著書がある。慶応元年(1865)歿、59才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

久貝正典 くがい-まさのり

1806-1865 江戸時代後期の武士,歌人。
文化3年生まれ。幕臣として大目付,側用取次などをつとめる。安政の大獄の際,罪状の取り調べに不行き届きがあったとされ,一時免職となる。小林歌城(おばやし-うたぎ)に和歌をまなび,村田春海(はるみ)系の江戸派に属した。慶応元年死去。60歳。通称は甚三郎。号は養翠,諏養堂。
【格言など】春の野の日かげの虻(あぶ)も草の根にけさはかじけて動きだにせず(「久貝正典歌集」)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

久貝正典
くがいまさのり
(1812―1865)

江戸後期の歌人。通称甚三郎。のち養翠(ようすい)と称し、諏養堂(しゅようどう)と号す。譜代(ふだい)の幕臣で、幕府講武所奉行(ぶぎょう)、大目付役、御側用人(おそばようにん)取次などの要職を歴任したが、安政(あんせい)の大獄の断罪に失敗した罪により一時免職となる。小林歌城(おばやしうたき)に和歌を学び、村田春海(むらたはるみ)系の江戸派に属する。『久貝正典歌集』があるが、ようやく1914年(大正3)に刊行された。写実的、清新な作品がある。慶応(けいおう)元年6月11日没。[辻森秀英]
 道ばたの石の仏にうなゐ子がきせたる笠(かさ)にしぐれふるなり
『辻森秀英著『近世後期歌壇の研究』(1978・桜楓社)』

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