日本大百科全書(ニッポニカ) 「久貝正典」の意味・わかりやすい解説
久貝正典
くがいまさのり
(1812―1865)
江戸後期の歌人。通称甚三郎。のち養翠(ようすい)と称し、諏養堂(しゅようどう)と号す。譜代(ふだい)の幕臣で、幕府講武所奉行(ぶぎょう)、大目付役、御側用人(おそばようにん)取次などの要職を歴任したが、安政(あんせい)の大獄の断罪に失敗した罪により一時免職となる。小林歌城(おばやしうたき)に和歌を学び、村田春海(むらたはるみ)系の江戸派に属する。『久貝正典歌集』があるが、ようやく1914年(大正3)に刊行された。写実的、清新な作品がある。慶応(けいおう)元年6月11日没。
[辻森秀英]
道ばたの石の仏にうなゐ子がきせたる笠(かさ)にしぐれふるなり
『辻森秀英著『近世後期歌壇の研究』(1978・桜楓社)』