亀山殿跡(読み)かめやまどのあと

日本歴史地名大系 「亀山殿跡」の解説

亀山殿跡
かめやまどのあと

[現在地名]右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町付近

後嵯峨上皇亀山の麓に造営した仙居で、のち亀山上皇(後嵯峨天皇皇子)仙洞ともなる。嵯峨殿さがどのともいう。「百錬抄」建長七年(一二五五)一〇月二七日条に「上皇嵯峨殿御所亀山殿御移徙儀也」とあり、この時完成している。

完成した亀山殿について「山城名勝志」には「嵯峨殿図、有東総門、北土門上土門、唐門、旧地按東限今天竜寺方丈前、南限大井川、西限山、北限野宮歟」とあり、続けて「大指図ニ亀山殿東ニ芹川殿大橋社西、艮ニ萱殿、北ニ北殿あり、其北ニ浄金剛院北殿、西ニ寿量院あり、其西ニ薬草院あり、薬草院ノ北に法華堂あり、大橋社の東に河端殿の御所あり、今の臨川寺の地に当れり」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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