平安時代、嵯峨(さが)天皇の皇后橘嘉智子(たちばなのかちこ)(檀林皇后。786―850)によって、現在の京都天竜寺(京都市右京区嵯峨)の地に創建された寺で、現在は廃絶。皇后は内舎人(うどねり)橘清友の娘、仁明(にんみょう)天皇の母で、夫の死後皇太后として重きをなした。仏法に帰依(きえ)して慧萼(えがく)を入唐(にっとう)せしめ、慧萼は禅宗の義空(ぎくう)を伴って帰国。皇太后は嵯峨に檀林寺を建立、義空を開山とし、義空によって禅観を修し、850年(嘉祥3)仁明天皇の病の回復を祈って尼になった。檀林寺は日本の禅林の最初とされる。928年(延長6)火災のために廃絶したが、のちに復興され、室町時代には京都尼寺五山の一とされた。しかしふたたび廃絶し、その地に1339年(延元4・暦応2)天竜寺が建てられた。
[田村晃祐]
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