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二条師基 にじょう もろもと

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

二条師基 にじょう-もろもと

1301-1365 鎌倉-南北朝時代の公卿(くぎょう)。
正安(しょうあん)3年生まれ。二条兼基の子。正和(しょうわ)元年従三位,5年権(ごんの)大納言。建武(けんむ)3=延元元年の南北朝分裂では南朝につかえ,内大臣,左大臣をへて観応(かんのう)2=正平(しょうへい)6年関白となる。貞治(じょうじ)4=正平20年1月26日死去。65歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

二条師基

没年:貞治4/正平20.1.26(1365.2.17)
生年:正安3(1301)
南北朝時代初期の公家。父は二条兼基。母は源兼任の娘。正和1(1312)年従三位に叙せられ,同5年大納言。大納言在任中の建武2(1335)年,西園寺公宗の謀反を知った後醍醐天皇の命で兵を率い,勅使として後伏見法皇を持明院殿から京極殿に移した。建武3/延元1年には後醍醐天皇に離反した足利尊氏の兵と丹波大江山および洛中に戦うが,その様子は『太平記』に散見される。常に後醍醐天皇側にあり,南朝の中心的公家として左大臣を経て観応2/正平6(1351)年関白となる。のちに出家し,光明台院と号した。<参考文献>佐藤進一『南北朝の動乱』(中央公論社版『日本の歴史』9巻)

(湯川敏治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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