二荒神社(読み)につこうじんじや

日本歴史地名大系 「二荒神社」の解説

二荒神社
につこうじんじや

[現在地名]小千谷市本町

祭神二荒山神。もと小千谷村の鎮守で、上弥彦かみやひこ神社(現魚沼神社)一八末社の一。日光につこう神社とも記す。文明五年(一四七三)一二月一八日の雲照寺妙瑚証状(魚沼神社文書)に「魚沼郡吉谷村十八社之内、宇津宮・日光・諏方田」とみえる。天正一六年(一五八八)一二月吉日の魚沼神社祭礼等規式日記(魚沼神社文書)には「一、日光ハ十一月十三日ヨリ十四日マテ也、御ゆたて候」とあり、湯立神事が行われている。近世に入って小千谷村の経済的発展につれて祭礼行事も盛大になり、本社上弥彦社をしのぐ勢いを示し、本社からの分離独立の機運町民の間に目立ってきた。正徳元年(一七一一)には本社のある土川つちかわ村が与板藩領となるに及んで、幕府領に所属する当社と本社との間で格式不相応に屋台を造ったことや神輿渡御の差止めなどで争論となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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