井田磐楠(読み)イダ イワクス

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「井田磐楠」の解説

井田 磐楠
イダ イワクス


肩書
貴院議員(男爵)

生年月日
明治14年2月24日

出生地
東京

学歴
陸士〔明治35年〕卒 東京帝大文学部卒

経歴
明治23年男爵を襲爵。35年砲兵小尉、野戦砲第16連隊中隊長日露戦争従軍、陸士教官を経て大正8年少佐、同年予備役となった。昭和4年貴院議員となり、公正会所属天皇機関説問題では終始美濃部学説に反対した。15年大政翼賛会常任総務、大日本興亜同盟総務委員を兼務。戦後戦犯容疑で逮捕され、22年釈放された。

没年月日
昭和39年3月29日

家族
父=井田 譲(政治家・陸軍軍人)

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「井田磐楠」の解説

井田 磐楠
イダ イワクス

大正・昭和期の政治家,陸軍少佐 貴院議員(男爵)。



生年
明治14(1881)年2月24日

没年
昭和39(1964)年3月29日

出生地
東京

学歴〔年〕
陸士〔明治35年〕卒,東京帝大文学部卒

経歴
明治23年男爵を襲爵。35年砲兵小尉、野戦砲第16連隊中隊長、日露戦争に従軍、陸士教官を経て大正8年少佐、同年予備役となった。昭和4年貴院議員となり、公正会に所属、天皇機関説問題では終始美濃部学説に反対した。15年大政翼賛会常任総務、大日本興亜同盟総務委員を兼務。戦後戦犯容疑で逮捕され、22年釈放された。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「井田磐楠」の解説

井田磐楠 いだ-いわくす

1881-1964 明治-昭和時代前期の軍人,政治家。
明治14年2月24日生まれ。井田譲の子。妻は大山巌の娘。日露戦争に従軍し,のち陸軍少佐となる。昭和4年から終戦の年まで貴族院議員。10年貴族院で菊池武夫とともに美濃部(みのべ)達吉の天皇機関説を攻撃するなど右翼活動をすすめた。15年大政翼賛会常任総務。昭和39年3月29日死去。83歳。陸軍士官学校卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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