改訂新版 世界大百科事典 「人間本性論」の意味・わかりやすい解説
人間本性論 (にんげんほんせいろん)
A Treatise of Human Nature
18世紀イギリスを代表する哲学者D.ヒュームの主著。《人性論》とも訳される。1739年に第1編《知性について》と第2編《情緒について》とが,40年に第3編《道徳について》と《付録》とが刊行された。副題〈実験的方法を精神的主題に導入する一つの試み〉が示しているように,本書は,人間が経験的に営む世界の〈観察〉を通して,人間の条件=本性を探究しようとしたものであり,いわば,ニュートン力学の方法を〈人間の学〉としての道徳哲学に適用しようとする企てであった。しかもその場合,ヒュームの言う人間は知性とともに感性をもち,また個人であるとともに社会的存在でもあったから,ヒュームにおいて,こうした多面性をもつ人間本性の考察は,人間にかかわるすべての学問の基礎学たる位置を占めることになる。ヒュームが,本書の序説の中で〈人間本性の諸原則を説明しようとする時,われわれは結局,諸学の完全な体系を企てているのである〉と主張したのはそのためであった。最近では特に,人間の社会的相互性を〈比較と共感〉に基づく一連の道徳感情から理解しようとする本書の視点が,国家と区別される社会の存立構造を実証的に明らかにしたものとして注目されている。本書と古典経済学派,特にA.スミスとの関係が重視されるのはそのためにほかならない。
執筆者:加藤 節
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報