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伊藤慎蔵 いとう しんぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊藤慎蔵 いとう-しんぞう

1825/26-1880 幕末-明治時代の蘭学者。
文政8/9年生まれ。緒方洪庵(おがた-こうあん)の適塾塾頭をへて,安政2年(1855)越前(えちぜん)(福井県)大野藩の洋学館教授となる。明治3年大阪開成所数学教授,5年文部大助教。明治13年6月17日死去。55/56歳。長門(ながと)(山口県)出身。名は精一,慎。字(あざな)は君独。著作に「磁石霊震気療説」,訳書に「築城全書」など。

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大辞林 第三版の解説

いとうしんぞう【伊藤慎蔵】

1826~1880) 幕末の洋学者。長門国萩の人。適塾にまなぶ。越前国大野藩の洋学館長として蘭学教育などに貢献。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

伊藤慎蔵
いとうしんぞう
(1826―1880)

洋学者。長門(ながと)国(山口県)萩(はぎ)に生まれ、緒方洪庵(おがたこうあん)の適塾に学んだ。塾の姓名録第138番に伊藤精一の名があり、「改慎蔵、安政二乙卯冬十一月以蘭学(らんがく)仕大野侯」の付記がある。「不埒(ふらち)のことあり」破門され、村田蔵六(大村益次郎)の援助で復帰、勉励し塾頭となる。1855年(安政2)越前(えちぜん)国(福井県)大野藩の洋学館長に就任、蘭学教育、翻訳著述、牛痘(ぎゅうとう)種痘法の普及など大きな功績をあげた。1861年(文久1)適塾に戻り、1870年(明治3)大坂開成所で数学を教え、舎密(せいみ)局に出仕、妻の郷里名塩(なじお)(兵庫県西宮市)でも教育にかかわった。1872年東京に出て文部大助教となり語学、数学を教えたがまもなく辞任、以後野にあった。東京で病没した。著訳書に『颶風(ぐふう)新話』『築城全書』『築城全書名義解』『英吉利(イギリス)文典』『磁石震気療法』『筆算提要』などがある。[藤野恒三郎]

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