デジタル大辞泉 「伊賀越の仇討ち」の意味・読み・例文・類語 いがごえ‐の‐あだうち【伊賀越の仇討ち】 寛永11年(1634)岡山藩士渡辺数馬わたなべかずまが義兄荒木又右衛門あらきまたえもんとともに、父(一説に弟)のかたき河合又五郎かわいまたごろうを伊賀上野で討った事件。赤穂あこう義士・曽我そが兄弟の仇討ちとともに天下三大仇討ちの一。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
精選版 日本国語大辞典 「伊賀越の仇討ち」の意味・読み・例文・類語 いがごえ‐の‐あだうち【伊賀越の仇討】 寛永一一年(一六三四)一一月、岡山藩士渡辺数馬が、姉婿荒木又右衛門の助太刀を得て、弟(一説に父)源太夫の仇、河合又五郎を伊賀(三重県西北部)上野城下鍵屋の辻に討ったこと。天下三大仇討の一つとして、講談、実録、戯曲にとりあげられる。 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例