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伊達公子 だてきみこ

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百科事典マイペディアの解説

伊達公子【だてきみこ】

テニス選手。京都市生れ。園田学園高校在学時に全日本ジュニア(16歳以下の部)優勝。1989年高校卒業後,プロに転向。1990年の全豪オープン日本人として13年ぶりにベスト16入りを果たし注目を浴びる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊達公子 だて-きみこ

1970- 昭和後期-平成時代のテニス選手。
昭和45年9月28日生まれ。園田学園高で活躍し,平成元年卒業と同時にプロ転向。4年ジャパンオープンで初優勝し,以後3回優勝。6年全豪オープンでベスト4。7年全仏オープンでベスト4,世界ランキング4位。8年ウィンブルドンでベスト4。同年フェドカップ全盛期グラフをやぶるなど数々の記録をのこし,引退。13年レーシング・ドライバーのミハエル・クルムと結婚。20年現役復帰,同年全日本テニス選手権で単・複で優勝した。京都出身。本名はクルム伊達公子

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

伊達公子
だてきみこ
(1970― )

プロテニス選手。京都府生まれ。1988年(昭和63)園田学園高校3年のとき、インターハイシングルスダブルス、団体の三冠王。1989年(平成1)同校卒業後プロデビュー。1990年全豪オープンに初出場し、日本人として13年ぶりにベスト16まで進出。同年全日本室内選手権で初優勝。1991年バージニアスリムズ・ロサンゼルス大会で当時世界ランキング3位のサバチーニを破って準優勝。同年全日本選手権初優勝。1992年ジャパンオープンでツアー初優勝。1993年ジャパンオープン2連覇。1994年NSWオープンで海外ツアー初優勝を飾った。同年ジャパンオープン3連覇。1995年ウィンブルドン全英選手権で日本女子初のベスト8に進出。日本選手史上最高の世界ランキング4位となった。1996年フェドカップで世界ランキング1位のグラフを破ったが、続くウィンブルドンでは準決勝で、そのグラフとの2日がかりの熱戦の末、惜敗した。同年オリンピックアトランタ大会ではベスト8。同年9月現役引退を表明。11月最終戦のWTAツアー選手権で引退セレモニーが行われた。引退時の世界ランキングは9位。2001年ドイツ人レーシングドライバーのM・クルムと結婚。2008年4月選手登録名をクルム伊達公子とし、現役復帰。同年11月の全日本選手権に優勝した。1989年日本プロテニス協会新人賞、1993年報知プロスポーツ大賞、1994年東京都文化賞、1996年度朝日スポーツ賞などを受賞。[編集部]

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