日本歴史地名大系 「伊香立庄」の解説
伊香立庄
いかだちのしよう
比叡山の北方、現
「長秋記」保延元年(一一三五)八月二〇日条によると、無動寺僧が「近江伊賀多津庄」への「鳥羽鬘代料銅」の賦課免除を要請しており、同寺領であったことがわかる。なお「山槐記」元暦元年(一一八四)九月一五日条に載る「近江国注進風土記」には、志賀のうちとして「筏立郷」がみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
比叡山の北方、現
「長秋記」保延元年(一一三五)八月二〇日条によると、無動寺僧が「近江伊賀多津庄」への「鳥羽鬘代料銅」の賦課免除を要請しており、同寺領であったことがわかる。なお「山槐記」元暦元年(一一八四)九月一五日条に載る「近江国注進風土記」には、志賀のうちとして「筏立郷」がみえる。
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