狂言の曲名。女狂言。酒屋を営む伯母を甥が訪問する。伯母はまだ一度も酒をふるまってくれたことがないので,きょうこそはなんとか飲んでやろうと策を弄するが,けちな伯母はその手にのらない。甥は名案を思いつき,付近におそろしい鬼が出るといううわさがあるから注意するようにといいおき,帰るふりをして途中で鬼の面をかぶり,ふたたび伯母のところへ行く。鬼が現れたと思いこみ動転する伯母を脅して,存分に酒を飲むが,酔いがまわり,その場で寝込んでしまい,正体を見破られて追い込まれる。登場人物は甥と伯母の2人で,甥がシテ。《清水(しみず)》などと同じく鬼の面を小道具に使う狂言の一つ。前半はせりふ,後半は動きの多い型が中心で,変化に富む。酔いのまわる過程で面の扱いが大胆になるところが演出の妙。《天正狂言本》では,寝込んだ甥から奪い取った面を伯母がつけて,逆に脅して追い込むという筋になっている。
執筆者:羽田 昶
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
狂言の曲名。女狂言。酒屋を営む伯母は吝嗇(りんしょく)で、甥(おい)(シテ)がどう口実を設けても飲ませてくれない。甥はあきらめて帰りかけるが立ち戻り、この辺には恐ろしい鬼が出るとのうわさだから用心するようにと脅しておき、さて今度は鬼の面(武悪(ぶあく)の面)をつけて酒買いを装って案内を請う。伯母が戸をあけると追い回し、まず今後甥に酒をふるまえと命じたうえ、見るなといいおいて酒壺(さかつぼ)の蓋(ふた)をあけ、面の頤(あご)をあげあげ飲み始める。やがて面を顔の横に回し、ついには膝頭(ひざがしら)へかけ、足を踏み鳴らして脅しながら飲んでいるうちに酔って寝込んでしまい、正体を見表されて追い込まれる。甥の酔っていく過程を、しだいに大胆になる面の扱いに示して巧妙である。
[小林 責]
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