佐紀神社(読み)さきじんじや

日本歴史地名大系 「佐紀神社」の解説

佐紀神社
さきじんじや

[現在地名]奈良市佐紀町

佐紀池と御前(おまえ)池の間の小高い森、小字亀畑(かめはた)に鎮座。二条町の鎮守。祭神は天児屋根(あめのこやね)命・経津主(ふつぬし)命・六御県(むつのみあがたにいます)命。社伝によると天武天皇二年(六七三)に鎮祀し超昇(ちようしよう)寺(現奈良市)の建立と同時に鎮守神として尊崇され、貞観元年(八五九)には社殿を改修、寛平三年(八九一)に官社に列し超昇寺が別当寺とされたが、治承四年(一一八〇)の兵火により焼失した。文治六年(一一九〇)に再建、天正六年(一五七八)再度兵火に焼失したという。


佐紀神社
さきじんじや

[現在地名]奈良市佐紀町

御前(おまえ)池の西、小字西畑(にしはた)に鎮座。池を隔てて東の小字亀畑(かめばた)にも佐紀神社がある。祭神は天児屋根(あめのこやね)命・経津主(ふつぬし)命・六御県(むつのみあがたにいます)命の三座。由緒は不詳であるが、「平城旧社考」によると、亀畑の佐紀神社を分祀したものといわれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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