佐那具宿(読み)さなぐじゆく

日本歴史地名大系 「佐那具宿」の解説

佐那具宿
さなぐじゆく

[現在地名]上野市佐那具町

近世、佐那具村に設けられ、街並は約三町半で東町・西町に分れる。当宿に津藩が与えた修理米は一間につき五升、南北両側の間口合計四二五間半で二一・二七五石であった(統集懐録)。「三国地志」に「佐那具駅、按 古市片町ト云、河水ノ患アルヲ以ツテ今ノ地ニ移ス」とあり、北の柘植(つげ)川寄りの片側町であったが水害を避けて少し南へ移り、両側町になったのであろう。寛永二年(一六二五)頃問屋宿駅制が整備されたと思われ、同一四年当宿駅馬は一四疋、上野―佐那具間一里一八町、佐那具―上柘植(かみつげ)(現阿山郡伊賀町)間二里七町三五間、駄賃は一駄につき上野から佐那具まで三四文、人足賃は馬の半分、宿賃・薪代は一人につき六文、馬一〇文と決められた(宗国史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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