日本歴史地名大系 「信濃国府跡」の解説
信濃国府跡
しなのこくふあと
[現在地名]上田市大字古里小字東ノ手・西ノ手一帯
大化の改新(六四六)後置かれた信濃国府は、国分寺の存在等から初め
この調査は、地名・微地形・堰筋・出土物・周辺の自然環境・交通路・遺構・伝承等による総合的なもので、推定理由として次のことを挙げている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
大化の改新(六四六)後置かれた信濃国府は、国分寺の存在等から初め
この調査は、地名・微地形・堰筋・出土物・周辺の自然環境・交通路・遺構・伝承等による総合的なもので、推定理由として次のことを挙げている。
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