備後町(読み)びんごちよう

日本歴史地名大系 「備後町」の解説

備後町
びんごちよう

[現在地名]伏見区東大手(ひがしおおて)町

大手筋(おおてすじ)通の横町、ほぼ新町(しんまち)通西裏から西へ二筋目まで。「豊公伏見城ノ図」では、大手筋北側の東部に花房志摩守、西部に近藤登、南側の東部に中川半左衛門、西部に若干の町家地と杉原伯耆守の各屋敷が描かれている。

現存する本教(ほんきよう)寺は、文禄三年(一五九四)、日蓮宗の日受上人の開基と伝え、西浜(にしはま)町にあったが、徳川家康の娘良正院の祈願所として、慶長一九年(一六一四)当地へ移転したという。


備後町
びんごまち

瓦町(かわらまち)通の一筋南に東西に延びる備後町通の両側町で、東の東横堀(ひがしよこぼり)川側から、一―五丁目まである。延享版「難波丸綱目」によれば唐和呉服物仲買・茶入袋・風流島台・貸輿屋、また鳥屋・鳥仲買(八百屋町筋備後町と安土町の間、通称鳥屋町)が多かった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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