僧叡(読み)そうえい(英語表記)Seng-rui

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

僧叡
そうえい
Seng-rui

[生]太元3(378)
[没]元嘉21(444)
中国,東晋時代の僧。魏郡長楽の人。鳩摩羅什門下四哲の一人。 18歳で出家し,羅什が中国に来朝したときにその教えを受け,訳経に参加した。羅什訳出の『大智度論』『十二門論』『中論』『百論』などの序を撰述している。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

僧叡 そうえい

1762-1826 江戸時代中期-後期の僧。
宝暦12年生まれ。浄土真宗安芸(あき)(広島県)の本願寺派報専坊の慧雲にまなぶ。行信(ぎょうしん)論にあたらしい見解をしめす。おおくの弟子をそだて,石泉学派の祖となった。文政8年学階制がつくられたときの5人の司教のひとり。文政9年3月4日死去。65歳。安芸出身。号は石泉,鷹城。著作に「教行信証随聞記」「柴門(さいもん)玄話」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

僧叡
そうえい

生没年不詳。中国、東晋(とうしん)時代の学僧。魏(ぎ)郡長楽(河南省安陽)の人。18歳で出家し、僧賢(そうけん)を師とする。諸経論に通じ、24歳のころから各地を歴遊して講説した。名僧道安(どうあん)にも師事したことがあり、鳩摩羅什(くまらじゅう)が長安に至ってからは、その翻訳活動を助け、羅什門下の四哲八俊に数えられる。『小品般若経(しょうぼんはんにゃきょう)』『法華経(ほけきょう)』『智度論(ちどろん)』などの経論に序文を書いた。また後秦(こうしん)王の姚興(ようこう)(在位393~416)に崇敬された。67歳で没した。[丘山 新]

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