インド大乗仏教の論書。《大論》《釈論》と略称する。サンスクリット原典はなく,クマーラジーバ(鳩摩羅什)訳の漢訳のみが現存する。著者は竜樹とされるが,疑問も出されている。《大品(だいぼん)般若経》の注釈で,全100巻の膨大なものであるが,原書はその10倍もあり,クマーラジーバは最初の34品(《大品般若経》の序品に相当)のみ全訳し,以下は抄訳したという。注釈書であるが,むしろ大乗仏教の百科全書ともいうべきもので,きわめて広範な問題を含んでいる。また,原始仏典をはじめ部派仏教の論書から初期大乗経典まで幅広く引用し,仏教史の研究上からも重要である。《中論》などの竜樹の論書が多く〈空〉の立場に立つのに対し,本書は〈諸法実相〉の肯定面を重視し,菩薩の実践を説いている。この点から中国,日本の仏教に大きな影響を与え,天台,華厳,浄土,禅など,いずれも本書に大きなよりどころを求めている。
執筆者:末木 文美士
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仏教書。100巻。略して『智度論』『大論(だいろん)』などともいう。龍樹(りゅうじゅ)(ナーガールジュナ)の著書と伝えられ、鳩摩羅什(くまらじゅう)が漢訳した。著者については異論もあるが、漢訳の際かなり加筆改変されたと考えられる。『大品般若経(だいほんはんにゃきょう)』の一語一句に詳しい注釈を加え、そのなかに著者の思想を縦横に織り込んでいる。「序品(じょほん)」だけの注釈に34巻を費やし、以後は訳者の抄訳で、原本どおりに訳せば10倍余に達したであろうとの付記がある。漢訳のみで他に伝わらず、これに触れるテキストもインド、チベットにはない。引用文献は、原始仏教から当時の大乗仏教経典や仏教文学の全般にわたり、インドの諸思想にも達して、計百数十種に及ぶ。広く仏教の諸問題を述べるが、とくに空(くう)の思想、菩薩(ぼさつ)の実践、六波羅蜜(ろくはらみつ)などが詳しい。中国、日本で広く読まれ、その影響も大きい。
[三枝充悳]
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…これらを集大成したものが玄奘訳《大般若経》600巻である。注釈書として,インド,チベットでは弥勒の著とされる《現観荘厳論(げんかんしようごんろん)》が重んじられたが,中国,日本では竜樹の著とされる《大智度論》100巻(クマーラジーバ訳)が最もよく読まれた。般若経典は読誦により呪術的効果があるとされるが,《大般若経》の転読は,各巻の数行だけ読んで全体を読んだのと同じ効果を期待する儀式で,奈良時代以来広く行われている。…
…竜樹の真作とされるものには,そのほかに《廻諍論(えじようろん)》《空七十論》《広破論》などがある。漢訳にのみ存し真作が疑われるが,中国,日本に重要な影響を与えたものに,《十二門論》《大智度論(だいちどろん)》《十住毘婆沙論(じゆうじゆうびばしやろん)》がある。竜樹の思想は,クマーラジーバ(鳩摩羅什)によって中国に伝えられ,その系統から〈三論宗〉が成立した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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