日本歴史地名大系 「入田遺跡」の解説
入田遺跡
にゆうたいせき
昭和一〇年(一九三五)にできた
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
昭和一〇年(一九三五)にできた
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…四万十(しまんと)川下流に位置し,その支流中筋川の流域を中心とする低湿な中村平野が東西にのび,四万十川と南流する後(うしろ)川の河岸に平地があるが,市域の大部分は山地である。四万十川の自然堤防上に縄文晩期~弥生初期の入田(にゆうた)遺跡があり,水稲栽培の痕跡が認められている。市街地地表下には縄文晩期の中村貝塚が埋蔵される。…
※「入田遺跡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...