八乙女八幡神社(読み)やおとめはちまんじんじや

日本歴史地名大系 「八乙女八幡神社」の解説

八乙女八幡神社
やおとめはちまんじんじや

[現在地名]白鷹町荒砥甲

荒砥あらと城跡の北部にあり、旧郷社。祭神仲哀天皇・神功皇后・応神天皇ほか六柱、法人名は単に八幡神社である。社伝によれば寛治年中(一〇八七―九四)源義家が奥州下向の途次、当地で霊夢を見、それに従って戦勝を得たことから神恩に感謝し、山城石清水いわしみず八幡宮の分霊を勧請したことに始まるといい、社名はこのとき八人の乙女に舞楽を奏させて奉納したことにちなむと伝える。伊達氏統治の時代には同氏家臣であった代々の荒砥城主の崇敬を集め、社殿の改修を受けたといい、蒲生氏時代までは八乙女奏楽の神事が行われていたと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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