共産党幹部追放

山川 日本史小辞典 改訂新版 「共産党幹部追放」の解説

共産党幹部追放
きょうさんとうかんぶついほう

1950年(昭和25)6月6日の連合国軍最高司令官マッカーサー指令による共産党幹部の公職追放。同年1月コミンフォルムから平和革命論を批判された共産党は,反帝民族独立闘争方針を採択したが,徳田球一ら主流派と志賀義雄・宮本顕治らの国際派に分裂。マッカーサーはこの両者を「民主主義の破壊者」として中央委員全24人を公職から追放。翌日「アカハタ」編集局幹部17人も追放。労働運動でのレッドパージ先駆となる。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む