共産党幹部追放

山川 日本史小辞典 改訂新版 「共産党幹部追放」の解説

共産党幹部追放
きょうさんとうかんぶついほう

1950年(昭和25)6月6日の連合国軍最高司令官マッカーサー指令による共産党幹部の公職追放。同年1月コミンフォルムから平和革命論を批判された共産党は,反帝民族独立闘争方針を採択したが,徳田球一ら主流派と志賀義雄・宮本顕治らの国際派に分裂。マッカーサーはこの両者を「民主主義の破壊者」として中央委員全24人を公職から追放。翌日「アカハタ」編集局幹部17人も追放。労働運動でのレッドパージ先駆となる。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む