内藤重頼(読み)ないとう しげより

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤重頼」の解説

内藤重頼 ないとう-しげより

1628-1690 江戸時代前期の大名
寛永5年生まれ。内藤正勝の子。寛永6年安房(あわ)(千葉県)勝山藩主の父が死去重頼はまだ2歳だったため領地没収,勝山藩は廃藩となり,安房長狭郡で5000石をあたえられる。貞享(じょうきょう)2年3万3000石に加増されて大坂城代,4年京都所司代となる。元禄(げんろく)3年11月27日死去。63歳。幼名は弥三郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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