内裏神社(読み)だいりじんじや

日本歴史地名大系 「内裏神社」の解説

内裏神社
だいりじんじや

[現在地名]旭市泉川 内裏

江戸時代川口(かわぐち)・泉川(いずみがわ)・大塚原(おおつかはら)三ヵ村の鎮守。祭神は天満栲幡千千姫命。旧村社。弘文天皇の妃が壬申の乱を東国に避け野田(のだ)浜(現野栄町野手)に漂着、病没後墳土が築かれ、野田内裏塚と称されたという。従者の中臣英勝が移したのが内裏神社の始まりと伝える。祭礼は二月一日・一〇月一七日で、文化八年(一八一一)以来三三年ごとに内裏神社の御幸と称して野手(ので)浜の内裏塚に御幸を行い、神輿を海水に入れるお浜下りの神事を三ヵ村の氏子共同で行ってきたという(社蔵文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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