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津村別院 ツムラベツイン

世界大百科事典 第2版の解説

つむらべついん【津村別院】

大阪市東区にある浄土真宗本願寺派(西本願寺)の大阪別院。大谷派難波別院(南御堂)に対し,北御堂(きたのみどう)ともいう。1591年(天正19)大坂天満の本願寺が京都に移転後,大坂の門徒は楼岸に坊舎を建て,97年(慶長2)現在の津村の地に移った。江戸時代には触頭として摂津国内の末寺を支配し,再三にわたり朝鮮使節の宿泊所となっている。《吟曲古今大全》は〈御堂まんざい〉を載せ,1734年(享保19)御堂落成のありさまをうたいあげている。

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大辞林 第三版の解説

つむらべついん【津村別院】

大阪市中央区本町にある浄土真宗本願寺派の寺。1597年創設。大谷派の難波別院を南御堂と称するのに対し、北御堂と呼ばれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

津村別院
つむらべついん

大阪市中央区本町にある浄土真宗本願寺派の寺。大阪別院、津村御堂(みどう)ともいう。また同区内の東本願寺難波(なんば)別院を南御堂とよぶのに対して北御堂とよばれる。1496年(明応5)本願寺第8世蓮如(れんにょ)は玉造(たまつくり)の岸(あるいは石山ともいう)すなわち大坂城の地に石山御坊を建てた(石山本願寺のもと、大坂御坊)。その後、石山合戦の結果、1580年(天正8)勅裁により顕如(けんにょ)は紀州(和歌山県)鷺(さぎ)ノ森に移ったが、5年後に泉州(大阪府)貝塚を経て大坂の楼岸に帰る。ついで豊臣(とよとみ)秀吉の庇護(ひご)を得て天満(てんま)に移るが、工事中に本山が京都の六条堀川(現西本願寺)に移ったので大坂の門徒が一寺を営んだ。1597年(慶長2)准如(じゅんにょ)が現在地に移してのち西本願寺配下となった。大坂戦乱のとき蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)の陣となり荒廃、1692年(元禄5)寂如(じゃくにょ)によって再興された。[清水 乞]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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