前田照雲(読み)マエダ ショウウン

20世紀日本人名事典 「前田照雲」の解説

前田 照雲
マエダ ショウウン

明治・大正期の彫刻家



生年
明治12(1879)年

没年
大正13(1924)年6月7日

出生地
秋田県

出身地
青森県

本名
前田 勝也(マエダ カツヤ)

旧姓(旧名)
早坂

経歴
父の早坂常吉は七条左京派の仏師。幼い頃に秋田から青森に移住、父より彫刻の手ほどきを受ける。のち上京して彫刻家高村光雲に師事、特に躍動感を重んじた馬体彫刻を得意として明治時代末期から頭角を現し、たびたびその作品が宮内省に買い上げられたほか、文部省展覧会にも入選。大正5年には劇作家秋田雨雀や洋画家今純三ら青森出身の若手芸術家とともに六花会を興して後進の指導にも当たった。しかし、芸術上の苦悩から次第に酒浸りとなり、8年より神奈川県の山村に隠棲して再起を図るが失敗、13年6月失意の内に没した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「前田照雲」の解説

前田照雲 まえだ-しょううん

1879-1924 明治-大正時代の彫刻家。
明治12年生まれ。仏師の父に木彫の手ほどきをうけ,のち高村光雲に師事。馬体彫刻で頭角をあらわす。六花会を結成し,中野桂樹,工藤敬三らをそだてた。大正13年6月7日死去。46歳。本名は勝也。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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