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劉完素 りゅうかんそ Liu Ho-chien

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

劉完素
りゅうかんそ
Liu Ho-chien

中国の金末大定頃の医師で,金元四大家の一人。字は守真,河間と号した。火と熱が疾病の主因であるとみて瀉火による治療を好んで行い,寒涼の薬剤を多用したので,寒涼派と呼ばれた。『宣命論』ほか多くの著書がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

りゅうかんそ【劉完素 Liú Wán sù】

1120‐1200
中国,金時代の名医で,生没年については異説もある。字は守真,通玄処士と号す。河間(河北省)の人。そのため劉河間とも呼ばれる。彼は《素問》(《黄帝内経(こうていだいけい)》)の説を深く研究し,とくに木,火,土,金,水の五運と風,熱,火,湿,燥,寒の六気を重視して臨床に結びつけ,これを知らずに治療はできないとした。彼は張仲景(《傷寒論》)の処方をよく用いたが,病因として特に火熱を重視し,寒涼剤を用いた。

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世界大百科事典内の劉完素の言及

【中国医学】より

…そのきっかけとなったのは成無己の《註解傷寒論》であったといわれ,《傷寒論》の内容を《素問》の理論で解釈している。その後,金・元の四大家といわれる劉完素,張従正,李杲(りこう),朱震亨(しゆしんこう)をはじめ,張元素,王好古(1210?‐1310?),羅天益(1220?‐1290?)など多くの医家が出現し,それぞれ特徴のある理論と治療法を主張した。たとえば劉完素と張従正は寒涼派といわれるように激しい作用を持った薬を多く用い,李杲と朱震亨は温補派(この2人の流れに従った医学を李朱医学ともいう)といわれるように温和な薬を用いることを提唱した。…

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