加倉井松山(読み)かくらい しょうざん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加倉井松山」の解説

加倉井松山 かくらい-しょうざん

1764-1828 江戸時代後期の儒者
宝暦14年5月3日生まれ。立原翠軒(たちはら-すいけん),のち江戸で山本北山に師事し,常陸(ひたち)(茨城県)成沢村に帰郷して著述専念。のち陸奥(むつ)平藩(福島県)につかえた。文政11年5月12日死去。65歳。名は忠珍(ただはる)。字(あざな)は子弥。通称は弥太郎。別号に江水など。著作に「啓蒙新語」「女誡新註」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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