加藤棕廬(読み)かとう そうろ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤棕廬」の解説

加藤棕廬 かとう-そうろ

1790-1851 江戸時代後期の儒者
寛政2年生まれ。加藤定斎長男安芸(あき)広島藩士。頼杏坪(きょうへい)にまなび,また国学,画もおさめる。父の跡をついで藩校学問所の教授となった。「芸藩通志」の編集にかかわり,故事の調査や古文書解釈にあたった。嘉永(かえい)4年8月23日死去。62歳。名は景纉(かげよし)。字(あざな)は君緒。通称太郎助。著作に「むかしがたり」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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