加藤泰温(読み)かとう やすあつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤泰温」の解説

加藤泰温 かとう-やすあつ

1716-1745 江戸時代中期の大名
享保(きょうほう)元年10月3日生まれ。加藤泰統(やすむね)の子。享保12年伊予(いよ)(愛媛県)大洲(おおず)藩主加藤家5代となる。城下の大火災と蝗害(こうがい)飢饉にみまわれた。陽明学普及に力をいれた。延享2年6月12日死去。30歳。初名は泰古(やすひさ),泰見。通称隼人

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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