加賀井村(読み)かがいむら

日本歴史地名大系 「加賀井村」の解説

加賀井村
かがいむら

[現在地名]長野市松代町東条まつしろまちひがしじよう

南は東条村西南に松代城下町、西に東寺尾村があり、東と北は尼飾あまかざり山などの山地に囲まれる。長享元年(一四八七)の諏訪御符礼之古書に、

<資料は省略されています>

とある。天正一〇年(一五八二)高野山文書によれば、武田氏滅亡の後、上杉景勝は、海津城将の春日信達をして、春日与三兵衛尉に「東条一跡被下置候上者、雖少地之所候 加々井之郷 累年所務被成候分進置候 如前々可相計候」として加賀井の地を安堵させている。これによれば、以前は隣の東条氏の支配地であったことが知れる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む