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労働解放団 ろうどうかいほうだんOsvobozhdenie truda

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

労働解放団
ろうどうかいほうだん
Osvobozhdenie truda

ロシアの最初のマルクス主義団体。 1883年スイスに亡命中の G.V.プレハーノフ,V.I.ザスーリッチらによってジュネーブにつくられた。彼らは,ロシア資本主義を経過することなく,農村共同体を基盤にして直接社会主義へ移行できると考えるナロードニキの理論を批判し,ロシアもすでに資本主義段階に入ったとして,革命の主勢力が農民ではなく,プロレタリアートであると主張した。この団体はのちの「ロシア社会民主労働党」「ソ連共産党」の母体となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ろうどうかいほうだん【労働解放団 Gruppa Osvobozhdenie truda】

1883年にジュネーブで旗揚げしたロシアで最初のマルクス主義の理論構築および宣伝の組織。プレハーノフを中心に,ザスーリチアクセリロード,L.G.デーイチ,V.N.イグナトフによって構成された。人民の意志派の社会主義への直接的移行論に反対して,プロレタリアートを主体にした,資本主義,市民社会を経由した社会主義の実現という二段階革命論を主張した。ロシア国内の資本主義発達が顕著になるにつれて影響力を増大し,さまざまなマルクス主義的傾向の革命組織,労働者組織の形成を助長した。

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世界大百科事典内の労働解放団の言及

【プレハーノフ】より

…結社〈土地と自由〉の理論的指導者となり,結社の分裂(1879)にさいして〈土地総割替〉派に属する。亡命してマルクス主義に転じ,1883年ジュネーブに労働解放団を同志とともに創設,《社会主義と政治闘争》(1883)によって,ロシア・マルクス主義の理論を確立,《われわれの意見の相違》(1885)において,ロシア資本主義化論の先駆的分析をおこなった。それは,ナロードニキのロシア資本主義没落論を理論的・実証的に批判して,ロシアの現在と未来が資本主義のものであることを述べ,ロシアの革命運動はプロレタリアートが主体であること,ただし,専制主義の支配する現在の当面の課題はブルジョア革命であり,プロレタリア革命はその先であることを説くものであった。…

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