改訂新版 世界大百科事典 「労働費用」の意味・わかりやすい解説
労働費用 (ろうどうひよう)
labor costs
この語は企業が従業員に直接支給する給与ばかりでなく,関連の労務費として間接的に支出した費用も含めて使われ,いわば企業の総労務費である。総労務費という考え方の起りは昭和初期に日本の低賃金に対する海外からの非難に対し賃金以外にも福利厚生費があることを弁解したことに始まった。つまり産業の競争力が問題の発端である。第2次大戦後は社会保障や企業内福祉の発達によって,西ヨーロッパでもソーシャル・チャージsocial charge(社会政策的費用の企業負担)が問題になりだした。アメリカやイギリスでもフリンジ・ベネフィットfringe benefit(付帯給与。なお一般に用いられる〈付加給付〉という訳語は社会保障の付加給付と混合されやすい)が普及したため,賃金比較にはこの種の間接的費用を考慮することが不可欠になった。労働費用の本格的な国際調査は1955年にILO(国際労働機関)がヨーロッパ10ヵ国の統計局の協力を得て行ったものが最初である。この調査はその後EC統計局に引き継がれた。また国際比較に資するため66年のILO国際統計専門家会議は〈労働費用の国際標準分類〉を決定した。日本では日経連(日本経営者団体連盟)が早くから傘下企業について〈福利厚生費調査〉を行い,労働省は規模30人以上の企業について毎年〈労働者福祉施設制度等調査〉(1971年以前は〈労働費用調査〉)を行っている。それによると総労務費の中で占める賃金以外の労務費の割合は年々高まり,81年では18.5%である。内訳は法定福利費が8.9%,退職金等の費用が3.6%,法定外福利費が4.0%,教育訓練費が0.4%,募集費その他が1.6%になっている。なかでも法定福利費の着実な上昇が目立つ。EC調査(1975。規模10人以上の企業)によって法定福利費,法定外福利費(非法定社会保障費など),その他(教育訓練費などを含む)に分けて現金給与総額との対比でみると,イタリア(39.0%,1.7%,2.2%),フランス(25.8%,10.4%,4.7%),西ドイツ(19.4%,3.4%,2.5%)の順に高く,イギリス(8.2%,4.0%,2.3%)が日本よりも低い。アメリカ(1977。全規模の事業所)もわりに高い(7.9%,12.9%,-)。こうした違いは何よりも社会保障の財源調達方法による。また有給休暇や有給の祝祭休日をフリンジ・ベネフィットとみなすと,純然たる直接賃金が総労務費の半分以下の国もある。インフレーションや現行税制のもとでは,賃上げよりもこの部分の改善が労使ともに好都合な面もあり,賃金だけでは企業の労務費や労働者の生活水準は比較できないことになる。
執筆者:高橋 武
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報