労働者が休息,娯楽,教養,能力の啓発などの目的のために,休日とは別に,とりたいときに,その期間中の賃金を失うことなく,権利として,労働契約上の労働義務を免除され賃金が支払われる休暇。
新憲法は社会権条項(25条~28条)のなかに法律で定めるべき勤労条件の重要な一部に〈休息権〉を含むべきことを規定している(27条)。労働者の年次有給休暇権(以下,単に年休権という)は,この憲法の保障する休息権を具体化したもの(労働基準法39条。以下労基法)。これによって日本の民間事業の労働者ははじめて年休権を手にした。国際的には,第2次大戦前にILO第52号条約(1936)により,加盟国の労働者は1年間の継続勤務の後,賃金を失うことなく,少なくとも6労働日(徒弟および12歳以下の年少労働者は12労働日)の休暇を受け,年休日数は勤務年数の増加に伴い増加されるべきこと,使用者が労働者に年休権の放棄を合意させても無効であること等を定めていた。労基法の年休権に関する規定は,基本的にはILO第52号条約の基準を参考にして制定され,当初は労働者が雇入れ後,(1)1年間継続勤務し,全労働日の8割以上出勤を条件に2年目に6労働日の年休権を与え,3年目以降は継続勤務年数1年ごとに1労働日を加算すべきこと,(2)年休日数が20労働日に達したときは以後加算をする必要はないこと等を定めた。
1980年代後半,日本の労働者が年間を通して労働時間数が長時間であることについて公正競争の観点から国際的批判が高まり,他方ILOも新年休権条約(132号,1970)を採択し,付与日数を勤務年数に関係なく3労働週(週休2日制で15労働日),初年度は最低6ヵ月後から2分の1労働週を保障すべきことなど大幅な拡充策を盛り込んだ。こうした背景から,日本でも年休制度を労働時間短縮のための重要政策の一つに位置づけ法改正を重ねた。すなわち,最低付与日数の増加(6日から10日へ),年休取得を理由とする不利益取扱いの禁止(134条),パートタイマーに対し契約出勤日数に比例する年休権付与,年休の計画的取得制度の創設(いずれも1987年改正法),年休権を最初に取得する継続勤務期間の短縮(1年から6ヵ月へ,1993年改正法)その他の措置がとられた(詳細は以下の年休権の説明に合わせて述べる)。
労働者は,雇い入れ後6ヵ月間継続勤務し,全労働日の8割以上出勤した労働者に,7ヵ月目の初日に10労働日の年休権が与えられる(39条1項)。7ヵ月目からは毎年度8割以上出勤した労働者に継続勤務1年目に,1日,2年目に1日,3年目に4日,4年目に6日,5年目に8日,6年目で10日を加算した年休権が与えられる(雇入れ後1年7ヵ月目の初日は11労働日)。すなわち1年当たりの最高日数は20日(10.5年後)である。以後は加算されない(同条2項)。6ヵ月の継続勤務は労働者を雇い入れた日から起算する。しかしこの原則によると,年休権の発生する日が労働者ごとに異なり,年休管理が複雑になる。そこで毎年たとえば1月1日とか4月1日とか10月1日とか,一律に年休年度の開始日が設けられることが多い。このような統一起算日制を採用する場合は,会社は起算日前に雇い入れた労働者で起算日までの勤務期間が6ヵ月に満たない者については,その満たない期間をすべて出勤したものとして取り扱わなければならない(たとえば4月1日を統一起算日にした場合,前年度3月1日に雇い入れた労働者については,基準日までに1ヵ月しか勤務期間がないが,繰り上げて4月1日から10労働日の年休を与えなければならない)。
〈継続勤務〉とは,在籍を意味し,雇用形態の変更は原則として問題にならない(有期雇用者,パートタイマーをフルタイマーの正規従業員に雇用した場合,定年退職者を引き続き嘱託として雇用延長した場合,原則として,前年からの継続勤務として年休日数を加算しなければならない)。〈8割以上出勤〉とは労働契約・就業規則により労働すべき日と定められた年間所定労働日を分母にし,実際に出勤した日を分子にして計算する。その際労働者が,(1)労働災害により休業した期間,(2)育児・介護休業法の規定により育児休業または介護休業した期間,(3)産前産後の女子が労基法の規定によって休業した期間は出勤日として計算しなければならない(39条7項)。(4)年休をとった期間も同様である。これに対して正当なストライキまたはロックアウト期間,天災等不可抗力による休業期間,生理休暇,慶弔休暇等の期間は分母になる労働すべき日から除外する。
1週間当たりの契約労働日数が4日(年間216日)以下のパートタイマーについては,使用者は通常の労働者(フルタイマー)の出勤日数に対する,個々のパートタイマーが労働契約で約した1週間または年間当たりの出勤日数の割合に比例する日数の年休権を与えなければならない(39条3項)。したがって,パートタイマーであっても1週間5日以上出勤する労働者には通常の労働者と同じ日数の年休を与えなければならない。労働日が4日以下でも1週間30時間以上労働するパートタイマーも同様である。通常の労働者の出勤日数は労働大臣の命令により全国一律に決められ,1987年改正法当初(6.0日)から段階的に短縮され,1週間40時間労働制を完全実施した97年4月以降は5.3日である(同法施行規則24条の3参照)。
労働者は年休権を,使用者に対していつ(何日から何日まで)休むかを伝えることによって行使する。労働者がいつ休むかを使用者に伝えること(意思表示すること)を年休の時季指定という。法律はこのことを〈使用者は,……有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。〉と定めている(39条4項本文)。労働者は年休の時季指定によって,指定した労働日の労働義務から当然に解放され,その期間の賃金請求権を取得する(年休期間中の賃金については,39条6項参照)。使用者には労働者が年休をとって休息する権利を妨害してはならない法的義務(たとえば無断欠勤として懲戒処分をしたり,処分を予告したりしてはならない義務)が課せられる。
他方,使用者には労働者が指定した年休期間について,その労働者に休まれると〈事業の正常な運営を妨げる〉蓋然性が強いと判断したときは別の時季に変更を求める権利(時季変更権)が認められている(39条4項但書)。したがって,労働者の時季指定は,原則として使用者に時季変更権を行使できる時間的余裕を与える状態で行使される必要がある。一般に,就業規則等で〈○日前までに会社所定の用紙で上司に届け出ること〉と休暇時季の指定方法を規定する場合が多い。この種の定めは年休権行使について法律の課していない要件を労働者に課すものであるが,時季変更権の行使をできるかぎり差し控えるための方法として,使用者が代替勤務者の工面や業務日程の調整のために運用されるかぎり有効と解される(労働者に家族の病気,事故その他急に年休が必要なやむを得ない事由が生じた場合に,この種の規定を盾に時季変更権を行使することは違法とされる)。
年休権の行使(取得)率を上げるために考案された制度で,労働者が保有する5日を超える年休について,使用者は労使協定を締結したときは,当該協定で定める日程,日数によって年休を与えることができる。すなわち,協定で定める日数の年休については労働者は上に述べた自由な時季指定によって年休をとる権利を制限される(39条5項)。計画年休制度には,1年間・6ヵ月・3ヵ月その他の期間を定めて労働者が事前に年休の取得時季を指定し,使用者が労働者の利益代表者と協議しつつあらかじめ決定する方式(個人別事前指定制),課単位・部単位・事業場単位または全社一斉に一定期間年休をとる方式(休業方式)等がある。欧米の労働者の年休取得は前者の方式である。
年休権は本来〈年次〉ごとの休息権であり,単なる有給の休暇ではない。したがって,労働者の側で指定しないときは使用者において現実的に休ませなければならないという有力な見解がある。しかし多数は労働者が権利行使(時季指定)をしないかぎり2年の消滅時効にかかるとされている(114条参照)。年休の買上げ制度を設けて労働者が実際に消化できる年休日数を制限することは違法である。結果として労働者が使い残した年休を買い上げることは禁止されていない。しかし,年休制度の理念からみて,妥当か否か疑問との声もある。また,労働者が実際にとった年休日数を勤務を欠いた日として昇給の際に不利益にカウントするような措置は違法であり(最高裁判所),これと性質上同様の不利益取扱いも違法である(134条参照)。
→休暇
執筆者:渡辺 章
日本では労働基準法上の年次有給休暇や産前産後,生理,公民権行使,公傷の各有給休暇のほかに,労働協約や就業規則で定める慶弔,転勤,罹災などの際の特別休暇がある。アメリカ,オーストラリアには長期勤続者に与えられる休暇がある。また休日を含め長期連続して労働者が休業する制度をさすときもある(夏季休暇)。
労働者の平常の生活で,1日の労働時間,週の労働日・時間の規制とならんで重要なのは,年間にまとまった期間,通常の賃金(あるいはプラスアルファ10~50%)を保障されて休みをとる年次有給休暇(年休)の制度である。これは第1次大戦後ヨーロッパ各国で普及したが,とくに1936年にフランス人民戦線政府が制定した2週間の年休法は,普通の労働者がバカンスで大型の余暇生活を享受する慣習をつくりだすうえで決定的役割を果たした。ILOの52号条約(1936)では1年勤続の者に6日の年休が規定され,132号条約(1970)では3労働週の年休が規定されたが,80年代に入るとフランス,デンマーク,スウェーデン,ルクセンブルクで5労働週の法定最低年休となっている。
日本の法定年休制度は1947年の労働基準法制定からだが,その後の改善がまったくなく,83年のILO調査によると,その最低基準6日は世界128ヵ国のうち,フィリピンの5日につぐワースト2である。この短少性のほかに日本の特徴として,(1)勤続別格差,(2)規模別格差の存在(勤続1年で小企業は6.6日に対し大企業は10.7日,15年勤続の場合,各規模平均20日),(3)昇給・昇進・賞与が不利益になる考課・査定,若干の夏季休暇を別として一斉休業しないこと,要員不足,余暇費用の貧困などによる低消化率(付与日数14.8日に対し消化率は60%,1983),(4)病気・事故欠勤の振替えなどの分割取得がある。大型休暇によって現代的労働がもたらす心身のストレスをいやすという年休制度の本質的機能は日本では十分には働いていない。
執筆者:下山 房雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
労働者が人間らしく生きるために、休日以外に、権利として有給で休暇をとることができる制度。年次有給休暇ともいう。その権利を年休権と略す。
各国の労働運動の要求によって、欧米の先進諸国では1930年代から普及し始める。このようななか、36年になると、国際労働機関(ILO)は、4年間継続して勤務した者に年間最低6日間の有給休暇を保障することを定めた条約56号を批准した。さらに、第二次世界大戦後になると、ILOは、54年に98号勧告で最低2週間の、さらに70年になると条約132号で最低3週間の有給休暇を定めている。先進諸国においては、第二次世界大戦後、週休2日制が確立するとともに、有給休暇の拡大に要求を集中して運動が強化されたため、1970年代に有給休暇の拡大が著しく進行した。現在ほとんどの先進国では法律か労働協約によって、4週間から6週間の有給休暇が確立している。
わが国では、労働基準法第39条が、1年間継続して勤務し、全労働日の8割以上出勤した者に年間6日間、以後1年ごとに1日ずつ加算して、最高20日間まで付与することを定めていたが、1987年(昭和62)の改正により最低付与日数は10日間に延長された(88年4月施行)。また、1993年(平成5)の改正では、継続勤務の期間が短縮され、6か月となった。この場合の継続勤務とは、在籍することであり、たとえば有期雇用者から正規従業員に雇用形態が変わったとしても、原則として問題にならない。
パートタイマーの場合、使用者は、契約労働日数が1週間あたり4日(年間216日)以下の者は日数に比例した年休権を与え、日数が1週間5日以上、もしくは時間数が1週間30時間以上の者には、正規従業員と同じ期間の年休を与えなければならない。
わが国の水準は、ほかの先進諸国と比較して著しく低い(たとえば、フランス、デンマーク、スウェーデン、ルクセンブルクは、1980年代に5労働週の法定最低年休を規定した)。しかも、企業による厳しい要員管理のため、この有給休暇すら完全に消化されていないのが現状である。
[湯浅良雄]
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