勝浦町(読み)かつうらちよう

日本歴史地名大系 「勝浦町」の解説

勝浦町
かつうらちよう

面積:六九・八〇平方キロ

県東部の中ほど、勝浦郡の東部に位置する。西部は上勝(かみかつ)町、北部は名東(みようどう)郡佐那河内(さなごうち)村および徳島市、東部は小松島市、南部は那賀(なか)郡相生(あいおい)町・鷲敷(わじき)町および阿南市と接する。北部に平石(ひらいし)山(六四八・八メートル)・中津峰(なかつみね)山(七七三メートル)・杖立(ついたて)山(七二四メートル)など、西部に轆轤(ろくろ)山(九七二・一メートル)など、南部に竜王(りゆうおう)山(七三二・一メートル)などの山嶺がある。これらを水源とする立(たつ)川・沼谷(ぬまたに)川・坂本(さかもと)川・西谷(にしたに)川などが東流する勝浦川に注いでおり、流域に勝浦川盆地が広がる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「勝浦町」の意味・わかりやすい解説

勝浦〔町〕
かつうら

徳島県東部,勝浦川中流域の勝浦盆地にある町。 1955年生比奈 (いくひな) 村,横瀬 (よこそ) 町が合体して発足。徳島市への交通路であった勝浦川の舟運の起点として発達したが,昭和初期,自動車交通の発達でその機能は消失した。文化年間 (1804~18) ,盆地の北部に温州みかんが栽培されてから,この地域の谷斜面一帯にミカン畑が発達した。沼江 (ぬえ) に県立の果樹試験場がある。四国八十八ヵ所第 20番札所鶴林寺があり,付近は東山渓県立自然公園に属する。面積 69.83km2。人口 4837(2020)。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む