北原稲雄(読み)きたはら いなお

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北原稲雄」の解説

北原稲雄 きたはら-いなお

1825-1881 幕末-明治時代国学者
文政8年2月3日生まれ。信濃(しなの)(長野県)伊那郡座光寺村の名主平田篤胤(あつたね)の没後門人となり,遺著「弘仁暦運記考」の出版をたすける。元治(げんじ)元年天狗(てんぐ)党の伊那谷通過を援助。維新後は松本開産社社長。明治14年10月2日死去。57歳。号は鏑廼舎(かぶらのや)。歌集に「雪の信濃路」「鏑廼舎歌集」。

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367日誕生日大事典 「北原稲雄」の解説

北原 稲雄 (きたはら いなお)

生年月日:1825年2月3日
江戸時代;明治時代の国学者。伊那県出仕
1881年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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