コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

北畠材親 きたばたけ きちか

2件 の用語解説(北畠材親の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

北畠材親 きたばたけ-きちか

1468-1518* 室町-戦国時代の武将。
応仁(おうにん)2年生まれ。北畠政郷(まささと)の長男。伊勢(いせ)国司。父にしたがって北伊勢の長野氏を攻め,伊勢神宮領の山田と宇治の抗争に介入し,勢力拡大をはかる。永正(えいしょう)6年管領(かんれい)細川高国に反した三好長秀を討ち,幕府との結びつきをつよめた。永正14年12月13日死去。50歳。初名は具方(ともかた)。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

北畠材親

没年:永正14(1517)
生年:応仁2(1468)
室町・戦国時代の武将。伊勢国司北畠政郷の長男。具方ともいった。材親の「材」の字は将軍足利義材の諱の1字。文明8(1476)年叙爵にあずかり,以後順調に昇進を重ね,永正6(1509)年に正三位,翌年には権大納言に任じられた。これに先立つ永正5年には,父政郷の死去を受けて国司家を継いでいる。このころ,室町幕府は管領細川家が高国方と澄元方に分裂して激しく動揺していた。劣勢となった澄元の党類,三好長秀(之長の子)が伊勢山田(伊勢市)に逃亡してくると,高国と結んだ材親は永正6年,軍を送ってこれを討ち滅ぼした。同8年に出家し,大石(三重県松阪市)御所と呼ばれた。

(西山克)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

北畠材親の関連キーワード北畠具教北畠神社大館氏清北畠顕雅北畠顕泰北畠教具北畠晴具北畠政郷木造俊康星合具種

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone