千家俊信(読み)せんげ としざね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「千家俊信」の解説

千家俊信 せんげ-としざね

1764-1831 江戸時代後期の国学者。
宝暦14年1月16日生まれ。出雲(いずも)国造(くにのみやつこ)千家俊秀の弟。京坂に遊学内山真竜(またつ)のすすめにより,寛政4年から伊勢(いせ)松坂本居宣長(もとおり-のりなが)のもとでまなぶ。帰郷後,出雲(島根県)地方に国学をひろめた。天保(てんぽう)2年5月7日死去。68歳。通称は清主(きよぬし)。号は梅廼舎。著作に「訂正出雲風土記伝」「出雲国式社考」など。

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367日誕生日大事典 「千家俊信」の解説

千家俊信 (せんげとしざね)

生年月日:1764年1月16日
江戸時代後期の国学者
1831年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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