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内山真竜 うちやま またつ

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美術人名辞典の解説

内山真竜

江戸中・後期の国学者。遠江豊田生。名は敬美・竜麿、通称弥兵衛・徳右衛門、号は竜洞・奉国史翁等。渡辺蒙庵賀茂真淵に師事。名主として村政を司る傍ら研鑚に努め、その門から夏目甕麿小国重年等を輩出した。遠州国学育ての親。著書に『日本紀類聚解』『遠江風土記伝』等がある。文政4年(1821)歿、82才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

内山真竜 うちやま-またつ

1740-1821 江戸時代中期-後期の国学者。
元文5年1月1日生まれ。賀茂真淵(かもの-まぶち),渡辺蒙庵(もうあん)にまなぶ。現地をあるき「出雲(いずも)風土記解」「遠江国(とおとうみのくに)風土記伝」などをあらわす。遠江国学の基礎をきずいた。文政4年8月22日死去。82歳。遠江(静岡県)出身。名ははじめ敬美,竜麿。通称は弥兵衛。号は竜洞,奉国史翁など。著作はほかに「日本紀類聚解(るいじゅかい)」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

内山真竜

没年:文政4.8.22(1821.9.18)
生年:元文5.1.1(1740.1.29)
江戸中期から後期の国学者。幼名は市六,竜麿とも称した。漢詩には敬美,竜洞などの号を用いた。通称弥兵衛,徳右衛門。藤原姓。遠江国(静岡県)豊田郡大谷村の庄屋内山美真の長男。宝暦10(1760)年,浜松にきた賀茂真淵に出会い,12年,その門に入った。以後,詠歌と『日本書紀』などの古代史考証に専心した。明和2(1765)年,遠江国における古文辞学派の拠点で,真淵の漢学の師でもあった渡辺蒙庵の竹亭に入り,和漢の古学を習得した。『出雲風土記解』(3巻,写本,1787完)をはじめ,風土記の解釈,また畢生の業といわれる『日本紀類聚解』(15巻,写本,1812完)などを著した。著作35部といわれるが,学問は総じて実地調査と文献批判に基づき,交流も,江戸派国学や鈴屋門下,儒家,詩人におよび広かった。漢詩文のみるべきものもかなり残した。<参考文献>小山正『内山真竜の研究』

(ロバート・キャンベル)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

うちやままたつ【内山真竜】

1740‐1821(元文5‐文政4)
江戸後期の国学者。遠江の人。通称弥兵衛。渡辺蒙庵に漢学を,賀茂真淵に国学を学ぶ。真淵没後は,伊勢の本居宣長と協力して,よく遠江国学の礎を固めた。早くから《風土記》の研究に志し,諸国を実地踏査して,《出雲風土記解》《遠江国風土記伝》を相次いで完成。《日本書紀》の注釈の集大成を期した大著《日本紀類聚解》は,朝廷に献上された。その他,著作には《新撰姓氏録註》《国号考》など。【鈴木 淳】

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大辞林 第三版の解説

うちやままたつ【内山真竜】

1740~1821) 江戸中・後期の国学者。遠江とおとうみの人。賀茂真淵に学び「風土記」「日本書紀」などを研究。また、多くの門人を育成した。

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世界大百科事典内の内山真竜の言及

【遠江国】より

…この東征軍には遠州報国隊も従軍しており,その中心となって活動したのは浜松諏訪神社の杉浦大学など当地方の神官層であった。それには平田派の国学の影響も大きかったが,遠州の国学者としては浜松伊場村に生まれた賀茂真淵や,その門下で《遠江国風土記伝》を著した内山真竜(またつ)などが名高い。 1868年(明治1)徳川家達の駿府入封により遠江のほとんどは駿府藩(のち静岡藩)となった。…

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