江戸時代に使われたことばで,現在では料理屋,割烹(かつぽう)店,料亭などと呼ぶ。室町時代に一服一銭の茶を売ることに始まった茶屋が発展してさまざまな分化をとげた中で,とくに飲食の美を楽しもうという欲求にこたえて成立したものである。食事を売ることを専門とする店は,明暦の大火(1657)後に江戸浅草金竜山にできた奈良茶飯屋が最初とされるが,江戸時代前期に存在したのはこうした手軽な飲食店だけであり,本格的な料理茶屋が出現したのは江戸時代後期の明和・安永期(1764-81)のことになる。すでに町人層などの中にも十分な経済力の蓄積があったところで,いわゆる田沼時代を迎えたわけで,まさに趣味と実益の両面からして高級料理店の発生は待望されていたといえよう。
江戸における最初の料理茶屋は洲崎(現,江東区木場)の升屋(ますや)とされる。明和年間(1764-72)はじめの創業で,主人宗助(祝阿弥)は包丁の名手,家はぜいを尽くして庭内に数寄屋が2~3ヵ所,鞠場(まりば)まで設けてあったという。松平不昧(ふまい)の父の宗衍(むねのぶ)が大のひいきで,彼が贈った大きな扁額の文字から〈望汰欄(ぼうだらん)〉とも呼ばれた。当時の社用族ともいうべき諸藩の江戸留守居役や取引先の商人などを顧客としたこの種の店は〈御留守茶屋〉の称があり,升屋はその最たるものであったため,田沼失脚とともに急激に衰えた。天明期(1781-89)にはこの升屋のほか,向島の葛西太郎(のち平岩),大黒屋孫四郎,武蔵屋権三郎(麦斗庵),真崎稲荷(現,台東区石浜町)境内の甲子(きのえね)屋,中洲の四季庵,深川八幡社内の二軒茶屋,日本橋浮世小路の百川(ももかわ),神田佐柄木町山藤(さんとう)などが評判の店だったと斎藤月岑(げつしん)の《武江年表》は記している。このうち向島の3店はいずれも〈生簀鯉(いけすごい)〉などと称して鯉料理を看板とし,神田の山藤は卓袱(しつぽく)料理で名があった。百川は店名がそのまま落語の演題になっている唯一の店で,これも後に卓袱料理でも名を売った。1799年(寛政11)には郊外の王子村(現,北区)に海老屋,扇屋の2軒が開業した。この両者は最初に海老屋,後に扇屋が落語《王子の狐》に話の舞台として登場する。享和年間(1801-04)には浅草山谷の八百善,深川土橋の平清,下谷大恩寺前の駐春亭といったところが評判だった。とくに八百善は,大田南畝の狂歌に〈詩は五山,書は鵬斎に狂歌われ,芸者おかつに料理八百善〉とあるように,江戸第一の料理茶屋とされた。会席料理が流行し始めたのもこのころからで,1824年(文政7)刊の《江戸買物独案内》を見ると,〈御料理〉を看板とする約70店の1/4あまりが〈会席〉を称している。
京都では円山の左阿弥,文阿弥など時衆の寺院から茶屋に転じたところや,祇園社門前の二軒茶屋あるいは三条,四条へんの高瀬川沿いに多くあった〈生洲(いけす)〉と呼ぶ川魚料理主体の店などが知られていた。滝沢馬琴は《羇旅漫録》の中で,〈丸山の料理茶屋のあるじは法師にて肉食妻帯なり,いづれも何阿弥と称す。座敷・庭,奇麗なり。料理もよし〉といい,生洲では柏屋,松源が繁盛しているともいっている。ちなみに江戸洲崎の升屋宗助が祝阿弥といったのも円山の茶屋にならったものであった。大坂では浮瀬(うかむせ)が最も広く知られた店で,京都にも江戸にもこれを称する店があった。《浪華百事談》に〈浮むせの宴席は最ふるきものにして,近年まで衰へながら,新清水寺の北にありしが……〉とあるように,四天王寺西の上町台地の眺望のよい場所にあった料亭で,アワビの貝殻の穴をふさいで7合5勺の酒の入る〈浮瀬〉の名の杯など多くの大杯,奇杯で名を売ったもので,《鸚鵡籠中記(おうむろうちゆうき)》の筆者,尾張藩士朝日文左衛門(1673-1718)は1712年(正徳2)の大坂出張中の一夜,浮瀬で一杯,ついで〈幾瀬〉という〈うずら貝〉の杯(1.7合入り)を傾けている。
→茶屋
執筆者:鈴木 晋一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…これを,葉茶屋と区別するために水茶屋と呼ぶこともあり,後には家構えの店もできた。茶屋に酒を置き,そのさかなの副食物から主食物までを提供するようになるのは自然の推移で,それぞれ煮売(にうり)茶屋,料理茶屋といい,寛文(1661‐73)ごろに始まっている。これらの茶屋にも給仕女が雇われ,水茶屋には客寄せに美人を置く店があり,江戸で有名な笠森お仙は明和ごろ(1770年前後)の水茶屋女である。…
…江戸の小間物問屋の例にみられるように芸者などを呼ぶ場合もあった。こうした集会の場として,繁華地の水茶屋や料理茶屋が発達した。このほか,江戸では諸大名の江戸屋敷に置かれた留守居役(聞番(ぶんばん))が常時寄合を開き,相互の情報交換を行っている。…
※「料理茶屋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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