吉永祐介(読み)よしなが ゆうすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

吉永祐介 よしなが-ゆうすけ

1932-2013 昭和後期-平成時代の検察官,弁護士。
昭和7年2月14日生まれ。東京地検特捜部にながく在籍し,ロッキード事件では主任検事をつとめ,リクルート事件では東京地検検事正として捜査を指揮。平成5年東京高検検事長,ついで検事総長。8年退官,弁護士となる。平成25年6月23日死去。81歳。岡山県出身。岡山大卒。

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百科事典マイペディアの解説

吉永祐介【よしながゆうすけ】

検察官。岡山県出身。岡山大学法文学部卒業。1955年に検事(検察官)に任官。1968年に発覚した汚職事件の日通事件など,第2次世界大戦後の著名な疑獄事件(有罪・無罪の決定が難しい裁判事件のことで,特に政府高官などが関係する大がかりな贈収賄事件を指す)の捜査に従事した。1976年に発覚したロッキード事件では東京地方検察庁特別捜査部(東京地検特捜部)副部長の任にあり,主任検事として田中角栄元首相らを受託収賄などの罪で起訴した。〈首相でも庶民でも法の前では平等だ〉との言葉は有名。1978年には同特捜部部長に就任し,同年に発覚したダグラス・グラマン事件(日米間の戦闘機購入に絡む汚職事件)の捜査指揮を執った。東京地検検事正の時代には,リクルート事件の捜査を指揮。その後,広島・大阪・東京の各高等検察庁(高検)検事長などを歴任し,1993年に最高検察庁の検事総長に就任。1996年に任期を1年残しながら勇退し,弁護士となる。東京地検特捜部での在籍期間は14年弱に及び,実際の捜査に携わった一方,検察が批判を浴びた際には検察首脳としてその対応にあたるなど,その経歴から〈特捜の鬼〉〈ミスター検察〉などと呼ばれた。

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