犯罪があると考えた場合に、犯罪の証拠を保全し、被疑者の身柄を保全することをいう。捜査の目的は、犯罪の嫌疑の有無を解明して、公訴を提起するか否かの決定をなし、公訴が提起される場合に備えてその準備をなすことにある。多くの自白事件については不起訴処分を念頭においた捜査活動が展開され、また重大事件や否認事件では当初から公判を前提とした捜査活動が展開される。
捜査は、捜査機関による犯罪探索活動であり、国民の人権に深くかかわるものであるから、国民の人権を保障しながら真相を究明する捜査構造が問題となる。この点について、糾問的捜査観は、捜査は捜査機関が被疑者を取り調べるための手続であって、強制が認められるのもそのためであるとし、弾劾的捜査観は、捜査は捜査機関が行う公判の準備活動であり、被疑者もこれとは独立に準備を行うとする。実務では糾問的捜査観に沿った捜査実務が行われている。しかし、被疑者には黙秘権が保障されており、また弁護人依頼権も保障されている。したがって、捜査が捜査機関の捜査活動を中心に展開されるとしても、これらの被疑者の権利との調和を図ることが肝要である。
[田口守一]
捜査機関は、捜査の目的を達するため必要な処分を行うことができるが、強制処分は法律に特別の定めがある場合でなければ行うことはできない(刑事訴訟法197条1項。強制処分法定主義)。ここに強制処分とは、個人の重要な利益を侵害する処分をいう。強制処分を伴う捜査を強制捜査といい、強制処分によらない捜査を任意捜査とよぶ。捜査においては任意捜査が原則であり、強制捜査は例外である。また、憲法は、何人(なんぴと)も、原則として、裁判官の令状がなければ逮捕されることはなく、また、住居、書類および所持品について侵入、捜索および押収を受けることはない旨を保障している(33条、35条)。これを令状主義とよぶ。
[田口守一]
捜査は、任意捜査と強制捜査に区別される。強制捜査としては、逮捕・勾留(こうりゅう)や身体検査などの対人的処分と捜索、差押えなどの対物的処分がある。任意捜査には、取調べや鑑定など法律規定のあるもののほか、聞込みや尾行など多様な捜査方法がある。特殊な任意捜査の例としては、薬物事犯や組織犯罪など、捜査が困難な事件の捜査方法である、いわゆるおとり捜査がある。おとり捜査とは、捜査機関またはその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働きかけ、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙する捜査手法をいう。また、コントロールド・デリバリー(いわゆる泳がせ捜査)とは、取締り当局が、禁制品であることを知りながらその場で押収せず、捜査機関の監視の下にその流通を許容し、追跡して、その不正取引に関与する人物を特定する捜査手法である。また、犯罪の国際化に伴って、外国における証拠収集や犯人保全などの国際捜査も重要な課題となっている。
[田口守一]
犯罪の捜査は、司法警察職員と検察官が行う(刑事訴訟法189条2項、191条1項)。司法警察職員には、一般司法警察職員と特別司法警察職員とがある。一般司法警察職員は、司法警察員と司法巡査に区別される。司法警察員には、警視総監、警視監、警視長、警視正、警視、警部、警部補および巡査部長の区別がある。特別司法警察職員には、海上保安官、労働基準監督官、麻薬取締官、郵政監察官、刑事施設職員、船長等があり、それぞれ法律に根拠規定がある。検察官も、必要と認めるときは犯罪の捜査を行う。検察事務官は、検察官の指揮を受けて犯罪の捜査を行う。このように、司法警察職員と検察官は、ともに捜査機関であるが、検察官は司法警察職員に対して指示あるいは指揮の権限を有している(同法193条参照)。
[田口守一]
捜査を開始するためには、捜査機関が、犯罪があると思料する(考える)ことが必要である(同法189条2項)。そこで、捜査機関が犯罪があると思料するに至った理由を捜査の端緒という。捜査の端緒は、捜査機関が自ら犯罪を感知する場合として、職務質問、自動車検問あるいは検視等があり、捜査機関以外の者が捜査機関に届け出る場合として、被害届、告訴、告発あるいは自首等がある。実際に犯罪が認知されるのは、犯罪の被害者や目撃者等の第三者の届出による場合が圧倒的に多い。
[田口守一]
被疑者の身柄保全として逮捕と勾留がある。
逮捕には、(1)被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合に、裁判官から逮捕状を得て行われる「通常逮捕」、(2)現に罪を行いまた行い終わった者(現行犯人)を、何人でも逮捕状なくして逮捕することができる「現行犯逮捕」、(3)死刑または無期もしくは長期3年以上の懲役・禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる十分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕できるとする「緊急逮捕」の区別がある。
逮捕に引き続く身柄拘束である勾留の要件は、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ、住所不定、逃亡のおそれまたは罪証隠滅のおそれのうちのいずれか一つの理由があることである。勾留の請求は、逮捕した被疑者につき、検察官がこれを行う。このように、逮捕を経なければ勾留をすることができないとする考え方を、逮捕前置主義という。その趣旨は、逮捕に際して裁判官による司法的抑制をなし、また勾留についても再度の司法的抑制をなすという二重のチェックをなすことで被疑者の人権を保障しようとするところにある。勾留は、裁判官が、被疑者に被疑事実を告げ、これに関する陳述を聴いたうえで、勾留状を発してなされる。
[田口守一]
物的証拠の収集保全にも任意処分と強制処分があり、任意処分としては、たとえば実況見分などがあり、強制処分としては、捜索、差押え、検証、鑑定などがある。捜索・差押えは、原則として、裁判官の発する捜索差押許可状に基づいて行われる(刑事訴訟法218条1項)。例外として、捜査機関は、被疑者を逮捕する場合において、必要があるときは、令状なくして、人の住居等に入って被疑者を捜索し、逮捕の現場で差押え、捜索または検証を行うことができる(同法220条)。犯罪の組織化あるいは密行化に伴って、新たな科学的捜査も行われるようになった。捜査手段としての人物の写真撮影・ビデオ撮影は、個人のプライバシーを侵害する捜査方法であるが、公道での写真撮影等は住居内のそれに比べて保護の期待権が減少しているとして、任意処分と解されている。覚せい剤事犯に関する尿の強制採取については、以前は、鑑定処分許可状と身体検査令状を併用して行っていたが、判例は、医師をして医学的に相当と認められる方法により行うとする条件を付した捜索差押許可状(いわゆる強制採尿令状)によって実施しうるとしている。通信傍受については、以前は、検証令状により実施されていたが、1999年(平成11)の刑事訴訟法改正により、通信の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う強制の処分は、別に法律で定めるところによるとの規定が設けられた(同法222条の2)。法律として、通信傍受法(平成11年法律第137号。正式名称は「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」)が制定され、特定の犯罪類型に関する通信傍受が、裁判官の傍受令状に基づいて実施されることになった。
犯罪事実の解明のためには供述証拠も必要である。供述証拠には、被疑者の供述と被疑者以外の者(被害者、目撃者など)の供述とがある。被疑者の供述は、被疑者の取調べにより(刑事訴訟法198条1項)、被疑者以外の者の供述は、いわゆる参考人取調べの場合(同法223条1項)と証人尋問による場合(同法226条~228条)とがある。身柄を拘束された被疑者の取調べにより被疑者が自白した場合、その自白の任意性をめぐって公判で争いが生ずることも多い。以前は、自白の任意性をめぐって多数の証人を取り調べたり、詳細な被告人質問を行ったりしてきたが、とりわけ裁判員裁判ではそのような審理を行うことは困難である。このようなことから取調べの録音・録画の必要性が指摘され、検察では2006年から、警察でも2008年から取調べの部分的な録音・録画が実施されることとなった。
[田口守一]
警察の捜査は、軽微な事件についてはいわゆる微罪処分によって終結する(同法246条但書)。微罪処分とは、司法警察員が検察官の一般的指示(同法193条1項)により、一定の微罪について検察官に送致することなく、これらの事件を毎月1回一括して検察官に報告すれば足りるとする制度である。それ以外の事件については、司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、速やかに書類および証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならないとされている(同法246条)。いわゆる検察官送致(送検)であり、これによって警察捜査は終結する。検察捜査には、送致事件の捜査と検察官認知・直受事件の捜査がある。検察官認知・直受事件(大規模経済犯罪など)については当然独自捜査がなされる。送致事件については、検察官の立場すなわち公判維持の観点から、補充捜査がなされることになる。
[田口守一]
犯罪が行われた場合,国家は,犯人を発見し,刑罰を科すことになる。その手続の流れを図式的に示すと,捜査→公訴の提起(起訴)→公判手続→裁判→上訴となる。この流れにしたがって捜査を定義すると,捜査とは,捜査機関が犯罪が発生したと考える場合に,公訴の提起・追行の準備のため,犯人を発見・保全し,証拠を収集・確保する行為ということになる。
これは通説的な捜査の定義であるが,この定義に対して,二つの立場から異議が出されている。第1は,捜査の独自性を強調する見解である。つまり捜査は,単に公訴の準備たるにとどまらず,犯罪の嫌疑の有無を明らかにし,起訴・不起訴を決定することを目的とする,公判とは切り離された独立の手続だとするものである。この見解に立てば,起訴後の捜査は許されないという結論になる。第2は,通説が捜査機関側の活動のみを捜査ととらえるのに対して,被疑者側の準備活動をも〈捜査〉という概念に含めて考えようとする見解である。第1の批判については,捜査の独自性を強調するあまり捜査の役割を過大視し,刑事訴訟の基本原理である公判中心主義の意義を相対的に低下させるおそれがあるなどの反論があり,第2の批判については,捜査ということばの用い方の違いにすぎないとの反論があり,議論の混乱を避けるためにも,捜査という語は,従来の慣用にしたがって捜査機関の活動と理解しておくべきであろう。
捜査機関とは,法律により捜査を行う権限が与えられているものをいう。捜査の第1次的担当者は司法警察職員(主として警察官のこと)であるが,検察官・検察事務官も,二次的担当者として捜査に携わる。旧刑事訴訟法までは検察官が第1次的捜査担当者であり,司法警察職員は,その指揮を受けて補助をするにすぎなかった。しかし,現行法では,公判中心主義・当事者主義を採用したため,公判における検察官の役割が非常に重要なものとなり,捜査では,司法警察職員が第1次的役割を担うこととなった。しかし,政治家の事件や複雑な法律問題のからむ事件などでは,身分保障があり,かつ法律知識の豊かな検察官による捜査が望まれ,また検察官が起訴・不起訴の判断を適正に行うためにも,検察官にも捜査権が与えられている。刑事訴訟法は,検察官と司法警察職員との関係を協力関係とし(192条),一定の場合に検察官に指示・指揮の権限を与えている(193条)。
警察官たる司法警察職員は,司法警察員と司法巡査に区別されるが,両者は,強制捜査に必要な令状を請求する権限等に差異がある。司法警察職員には,警察官(一般司法警察職員)のほか,法律上特別に捜査権限を与えられた,いわゆる特別司法警察職員が含まれる。後者は,刑事訴訟法190条の〈森林,鉄道その他特別の事項について司法警察職員として職務を行うべき者〉であるが,現在では,麻薬取締官,海上保安官,郵政監察官等15種類がある(その他,司法警察職員ではないが捜査権限を持つ者として,鉄道公安職員と国税庁監察官がある)。
捜査は,司法警察職員が〈犯罪があると思料〉したときに開始される。〈捜査の端緒〉は多種多様で制限はない。刑事訴訟法上の告訴・告発等のほか,警察官職務執行法上の職務質問も捜査の端緒となる。
捜査は,刑事手続の構成部分である以上,〈法律の定める手続〉によらなければならない。したがって,捜査にあたっては,犯人を見つけ,証拠を集めればよいだけでなく,関係者の人権にも十分配慮すべきであるのはもちろんであるが,問題はどのようなしくみでこれを実現するかである。現行法が捜査をどのようなしくみのものとしているかについては議論があり,これは捜査構造論といわれる。
一つは糾(糺)問的捜査観といわれるもので,捜査は,捜査機関が職権主義的に行う被疑者の取調手続とみる考え方である。捜査機関と被疑者とは,捜査の主体と客体という関係におかれ,捜査機関は,有罪証拠も無罪証拠もすべて集め,それらをみずから判断し,一応の事件の解決をはかるという役割が期待される。これに対して,弾劾的捜査観によれば,捜査は,被疑者の防御活動と並行して行われる捜査機関側の(公判のための)準備活動にすぎない。捜査機関と被疑者とは,基本的に対等な対立当事者とみなされ,また,捜査を一方当事者の公判準備とする点で,公判中心主義を指向する考え方である。
さらに,これらに対して,捜査を起訴するか否かを決定するための独立の手続とみる論者は,検察官を裁判官に見立てて捜査機関と被疑者とが対立するという三面的関係を捜査の本質であるとする(訴訟的構造論)。この考え方は,検察官に裁判官的役割を期待して事件の解明をゆだねるという点で,捜査機関を当事者的にとらえる弾劾的捜査観とは異質のものであり,むしろ糾問的捜査観と共通したとらえ方だといえる。
捜査構造論は,初めは主として,令状は裁判官の命令か(弾劾的捜査観)あるいは捜査機関の権限を確認するだけのものか(糾問的捜査観),被疑者は捜査機関による取調べに対して受忍義務があるか(弾劾的捜査観は消極説,糾問的捜査観は積極説)についての議論であったが,のちにいっそうの理論的深化がはかられ,捜査の性質論をも兼ねるものとなったということができよう。学界では弾劾的捜査観が有力であるのに対し,捜査実務家の間では糾問的捜査観の主張が根強い。
捜査の方法として,相手に強制を加える強制処分を避けて,任意処分を利用すべきだという原則(任意捜査の原則)がある。刑事訴訟法197条も〈捜査については,その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し,強制の処分は,この法律に特別の定のある場合でなければ,これをすることができない〉と規定し,この原則を宣言した。捜査は,犯罪との闘争という一面を持つと同時に,市民の人権に深くかかわりを持つため,どこかに合理的な調和点を見いださなければならない。そのため,フランスなどでは予審制度を設け,原則として予審判事にだけ強制権限を与えるというやり方で調和点を見いだそうとしている。日本も旧法までは,同じ趣旨で予審制度を採用していた。これに対し現行法は,一方で任意捜査の原則を採用するとともに,他方で捜査機関に一定の強制権限を与え,ただしそれを令状主義によって厳格に規制するという方法をとることとなった。
任意捜査として刑事訴訟法が規定するものには,被疑者の出頭要求・取調べ(198条),第三者の出頭要求・取調べ(223条1項前段),鑑定等の嘱託(同条同項後段)がある。しかし,本来その手段・方法は非類型的であり,内偵,聞込み,尾行,張込み,密行,任意同行,実況見分など,捜査に必要であれば,捜査機関の裁量で原則として自由にできる。ただし,たとえ任意捜査といえども,必要な限度を超えてはならない。これに対し,刑事訴訟法が強制捜査として規定するのは,逮捕(199条以下),勾留(204条以下),捜索・差押え(押収)・検証・身体検査(218条以下),鑑定留置(224条),証人尋問の請求(226条以下)等である。
では,任意捜査と強制捜査はどう区別されるのか。従来は,主として有形力ないし実力行使の有無が基準とされてきた。しかし,これでは基準が形式的すぎ,強制処分の範囲が狭すぎるという点が反省され,近時では,個人の権利・法益の侵害をもたらすかどうかを基準とすべきだとの意見も出ている。これは,写真撮影や盗聴の問題を考える際に違いが出てくる。これらは,科学技術の発展によって可能となった捜査方法であり(科学捜査),刑事訴訟法はなんら規定を設けていないので,許されるかどうかが問題となる。判例は,両者を任意捜査と解しながらその限界を設定しようとする立場に立っているようにみえる。ちなみに,アメリカでは,盗聴は強制捜査と解し,原則として令状を要求するのが普通である。日本でも,検証のための令状で盗聴が許される場合が出ているので,今後の動向が注目される。
捜査が終わったのち,事件処理の権限を持つのは検察官である。よって,司法警察員が,犯罪の捜査を行ったときは,原則として,書類および証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない(246条)。検察官は,それらの資料をもとに,起訴-不起訴を決定する。ただし,検察官が指定した,いわゆる微罪事件は,警察段階限りの処理が許される(微罪処分)。
捜査は捜査機関の任務とするところではあるが,より能率的な捜査を行うためにも,一般市民の協力が必要不可欠であり,そのため,捜査機関は市民の信頼を得るよう努めなければならない。捜査活動によって私人の名誉やプライバシーが侵害される可能性もある。そこで,刑事訴訟法も,〈被疑者その他の者の名誉を害しないよう注意〉すべきことを規定している(196条)。この点に関連して,強姦罪など親告罪について,どの程度の捜査ができるかが問題となるが,親告罪の趣旨にかんがみ,告訴がない段階では,原則として任意捜査にとどめるのが妥当であろう。
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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