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吉田彦六郎 よしだ ひころくろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

吉田彦六郎 よしだ-ひころくろう

1859-1929 明治-昭和時代前期の化学者。
安政6年生まれ。三高教授をへて,明治31年京都帝大教授となる。沢柳(さわやなぎ)事件の発端となった七教授のひとりで,大正2年辞職。ウルシの樹液中に酸化酵素の存在を推定。10年後フランスで確認され,ラッカーゼと命名された。昭和4年死去。71歳。備後(びんご)(広島県)出身。東京大学卒。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

吉田彦六郎
よしだひころくろう
(1859―1929)

化学者。広島県福山に生まれ、1880年(明治13)東京大学理学部化学科卒業。1891年理学博士の学位を得、1896年第三高等学校教授を経て、1898年京都帝国大学理科大学第三講座(有機製造化学)教授となり、1913年(大正2)辞職。いわゆる沢柳(さわやなぎ)事件(京大事件)の発端となった7教授の一人。ウルシの化学的研究の先駆者で、ウルシ汁が空気中で硬化する機構を研究し、酸化酵素の存在を推定した(1883)。これは、10年後にフランスのG・ベルトランが研究し、命名したラッカーゼにほかならず、その発見者として今日評価されている。[道家達將]
『京大理学部化学・日本の基礎化学研究会編『日本の基礎化学の歴史的背景』(1984)』

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