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吉野彦助 よしの ひこすけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

吉野彦助 よしの-ひこすけ

1616-1701 江戸時代前期の開拓者。
元和(げんな)2年生まれ。生家は能登(のと)(石川県)羽咋(はくい)郡の豪農。邑知潟(おうちがた)南岸を開発して新田をひらく。この地域は,寛文5年堀替新村とよばれる村となった。元禄(げんろく)14年11月5日死去。86歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

吉野彦助

没年:元禄14.11.5(1701.12.4)
生年:元和2(1716)
江戸前期,加賀藩領羽咋郡の邑知潟縁の埋立新開に功労のあった篤農。羽咋郡杉野屋村に生まれたが,邑知潟にそそぐ飯山川などの河口付近が土砂に埋もれているのを見分し,新田開発を計画。藩の許可を受け万治2(1659)年より尾長村領内で40石を開発。続いて飯山川河口の潟縁埋立新開を,藩の人足も動員して寛文3(1663)年より始め,同時に140m余におよぶ川筋掘替工事も実施,川流しという法で新たに60石の新田畑を開いた。同5年にこの新開地に掘替方新村が立てられ,彦助は弟七兵衛と共に移住,延宝1(1673)年には藩命により里子4人が移住し,藩の助成を受けた新田開発(里子新開)が行われ,284石の新田の造成をみた。

(木越隆三)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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