含粒寺跡(読み)がんりゆうじあと

日本歴史地名大系 「含粒寺跡」の解説

含粒寺跡
がんりゆうじあと

[現在地名]吾平町上名

姶良あいら(大川)苫野とまの(西岳川)の合流点の南にあった。宝陀山と号し、曹洞宗本尊千手観音。鹿児島福昌寺末寺。正長二年(一四二九)開基開山は福昌寺三世仲翁守邦。仲翁は島津元久の嫡男であったが仏門に入り、そのため奥州家は元久弟久豊さらにその子忠国へと継承された。正長二年忠国は当寺を建てて仲翁を招き、住持とし、また姶良庄白坂しらさか八町・かめ宇都うと五町(ともに大字上名のうち)を寄進した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ユーラシア大陸、北アメリカ大陸北部に広く分布し、日本では北海道にエゾヒグマが生息する。成獣は体長2メートル以上、体重300キロにもなり、日本最大の陸生動物として知られる。雑食性で草や木の実、サケ、シ...

ヒグマの用語解説を読む