和田賢秀(読み)にぎた けんしゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「和田賢秀」の解説

和田賢秀 にぎた-けんしゅう

?-1348 南北朝時代の武将
楠木正季(くすのき-まさすえ)の子。楠木正成(まさしげ)の死後,楠木正行(まさつら)にしたがって紀伊(きい)や畿内(きない)を転戦河内(かわち)(大阪府)四条畷(しじょうなわて)で高師直(こうの-もろなお)の軍とたたかい,貞和(じょうわ)4=正平(しょうへい)3年1月5日戦死した。通称は新発意(しんぼち)。

和田賢秀 わだ-かたひで

にぎた-けんしゅう

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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