和邇大塚山古墳(読み)わにおおつかやまこふん

日本歴史地名大系 「和邇大塚山古墳」の解説

和邇大塚山古墳
わにおおつかやまこふん

[現在地名]志賀町小野 大塚など

大津市との境界線を走る曼陀羅まんだら山丘陵の最高所(標高一九一メートル)に築造された古墳時代前期の前方後円墳全長約七五メートル、後円部直径約四八メートルを測り、とくに前方部の先端部がややばち形を呈している。墳丘には葺石が認められるが、埴輪はない。主体部のある後円部ならびに前方部には大きな盗掘坑があるが、舶載の青蓋盤竜鏡一面、硬玉製勾玉、碧玉製管玉、銅鏃、鉄斧頭、刀剣および甲冑の残欠等の副葬品が出土した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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