喜屋武グスク(読み)きやんぐすく

日本歴史地名大系 「喜屋武グスク」の解説

喜屋武グスク
きやんぐすく

[現在地名]具志川市仲嶺 仲嶺原

喜屋武きやん集落南方に位置し、標高九〇―一一〇メートルの琉球石灰岩丘陵上に形成される。周辺には安慶名あげなグスクをはじめ具志川ぐしかわグスクや天願てんがんグスク・江洲えすグスク・兼箇段かねかだんグスクがある。喜屋武グスクは喜屋武ちやんマーブともよばれるが、マーブの意味については不明。一七世紀中頃に首里王府の烽火台となり、火打嶺ふいーたちもーとも称される。安慶名大川按司の四男喜屋武按司が築き、その後三代にわたって居住したと伝えられる。なお阿麻和利を滅ぼした鬼大城うにうふぐしくは喜屋武按司三代目である栄野比大屋子の長男であったと伝えられている。グスクの石垣は明治時代末まで大部分が残存していたが、大正から昭和にかけての道路工事によって運び出され、現在では失われた。グスク内には「琉球国由来記」に記載されているマアブノ嶽(神名イシヅカサノ御イベ)が祀られている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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