四ヵ国協定(読み)しかこくきょうてい(その他表記)Four Power Treaty

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「四ヵ国協定」の意味・わかりやすい解説

四ヵ国協定
しかこくきょうてい
Four Power Treaty

1933年7月 15日にローマにおいてイギリス,フランス,ドイツ,イタリアの4ヵ国によって調印された友好協定。新ロカルノ協定ともいわれる。ナチスの政権獲得後のヨーロッパの政局に対処するため,33年3月イタリアの B.ムッソリーニの提案によって4ヵ国の会議が開かれた。4ヵ国の平等の権利を認めた和解と協力を旗印に揚げていたが,そのねらいは,ベルサイユ体制の平和的変更,ドイツ軍備の平等権を認め,東ヨーロッパの小国ソ連犠牲にして4ヵ国のヨーロッパ支配を実現しようとしたものであった。しかし調印後,ポーランドなどの反対によってまずフランスが修正意見を出し,次いで 10月 14日ドイツが国際連盟を脱退するに及んで協定の基礎がくずれ,イギリス,フランスの批准拒否によってこの協定は崩壊した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む